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社会的なブログを書いたので、もひとつ、社会的な話を。


最近、韓流を放送するフジテレビの問題が騒がれているが、一体あれは何が問題なのか?
あんまりテレビを見てないからよく言えないんだけど、別に勝手じゃねえか、と思う。
というより、そんなことより、こういう話が日常化して行くことによって、隣の国と仲が悪くなって、ひいては戦争になるんじゃないか?と危惧してしまうのである。

オオゲサと思う人も多いだろうけど。

僕の大学は左翼的活動家が時代錯誤に動き回っている大学で、授業中に教室に入って来て
「休講!休講!」
と言いながら授業を中止してしまい、
「もうすぐ戦争が起きます!」
とか始まるので、僕は面白くてしょうがなくて、
「いつ始まるんですか?」
とか茶化して聞くと
「いい質問です!!!2000年です!!」
「どこではじまるんですか!?」
と聞くと
「台湾を舞台に中国・北朝鮮と日本・韓国・台湾・アメリカで戦うのです!!!」
と言っていた。


はっきりいって1996年当時は、日本が戦争するなんてのはまったく想像できない感じだったと思う。
活動家が言ってたことなんて笑いとばせる雰囲気があった。
しかし、この辺りから、小林よしのりの本がバカ売れしたり、森首相が「神の国」発言したり、憲法9条改正の論議がぶち上がったり、たしかにキナ臭くなって来た。
知らない間に防衛庁は防衛省に。
最近は、もうセンカク諸島だ、竹島だ、田母神だ。
最初の予言(!?)は見事に外れているけど、2つ目の予言は当たりそうな気がしないでもない、ってのがコワイ。
もしかしてあの時代錯誤な活動家は、時代錯誤だったかもしれないが時代遅れでは無くて、時代を先取りしていたのでは?なんて思えてしまう最近の雰囲気が不気味だ。
水木しげるの「戦争論」風に言えば「勇ましい論調」ってのが確実に増えて来た。



分割して統治せよ、という言葉がある。
これはイギリスなどが世界中を植民地にしている時の常套手段で、インドを統治したいな、と思ったら、インドをヒンズー(インド)とイスラム(パキスタン、バングラデシュ)に分ける。中東を統治したいな、と思ったらイランとイラクに分ける。すると勝手にケンカしだす。遠くの敵より目前の敵。
徳川幕府がエタとヒニンという身分を作り、互いに差別させ合って、怒りを上に、つまり体制側に向かわないようにしたと言う話を連想させる。


近くにある国同士で争わせて、戦争させて、どっちが勝っても得するように、どっちにも借金させてあげて、武器買わせて、ってのがパターンで、そうやって世界中を統治して来た。


江戸時代末期だって、徳川幕府にはフランスが、薩摩藩にはイギリスがバックについていたわけで。どっちが勝っても、アングロサクソンの勝利だというわけだ。
そこまで考えていたかどうかは知らないが、時の最後の将軍徳川慶喜は、見事にあっさり大政奉還してしまい、日本中が戦火に巻き込まれないで済んだ。慶喜は大局的に見れていたのではないかなー。
歴史の権威、司馬遼太郎にいわせると、ここで大規模な革命戦争をしていなかったから、日本にはホンモノの民主主義が育たなかったとか言うが、そんなに戦争したいのか?と言いたい。

虎視眈々と国を狙う勢力からすれば、内輪もめしているのが一番都合がいい。そう言う意味で敵が一番嫌がる事をするってのは、大当たりで、慶喜が大政奉還したのは英断じゃないかな。
腰抜け、という評がいつもつきまとっているけど。




話しはとんだな。でもとにかくこの日本の国で戦争なんておきて欲しくない。
そのためには隣国と仲良くするってのは、大事な事なんだけど。
しかし、時代の雰囲気は確実に、昔より怪しくなってきている。恐慌来そうだとかさ。
いや、おきなきゃ、それでいいのよ。

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by unkeeen | 2011-08-24 06:09

日常もずいぶんと戻ってきた感がある。
あんなにコワかった原発も状況は全然良くなってないはずなのに、恥ずかしいかな、慣れて来てしまっている自分がいる。人のウワサも75日とはよく言ったもんだ。そうだな、5月終わりには、慣れちまった。
僕たちの日常ってのは外国人からすればそうとう異常なモノなのだろうけど。

これから日本はどうなってしまうんだろう。総理大臣が変わるって言うけど、新しい総理大臣は原発をどういうふうに考えているんだろう?
暫定基準値、NT、そこらへんがまず怪しい。ドイツの政府の発表によれば、食品1キログラムあたりの許容ベクレルは、コドモで4ベクレル、大人で8ベクレル。茨城県、鉾田の米では50ベクレルが検出、しかし日本の暫定基準値では500ベクレルなので、全然問題ない、との記事が茨城新聞に掲載されていた。知事も太鼓判を押していた。レントゲンに比べれば、、、、という、あの論調がまた出ていた。

いいかげんにして欲しい。


記事によれば、福島第一原子力発電所のすくなくとも1号機は津波が到達する前にすでに地震で壊れていてメルトダウンが始まっていた、とのことだが、そしたら随分と問題じゃないだろうか。
この記事を読んだ時、事故の際の政府の初動の悪さ(早めに廃炉決定を決める決断力があれば、被害はもっと最小限に食い止められた??)を突っ込まれないようにするためか?と思ったが、実際に津波でなく地震だけであそこまでむちゃくちゃになってしまうと言うならば、日本各地にある原発も同様に危ないはずだ。
それなのに、原発(電力)がないと産業がどうのこうの、とかいう話はまだまだあちらこちらで聞こえる話で、そう言う人は、今現在の話で、本当はすでに日本の産業がグチャグチャになってしまっている事をまだわかってないようだ。


僕たちが普通に食べる毎日のものが、外国人からすれば異常な数値をたたき出してる食品で、本来食べちゃいけないレベルの食品で、それを「がんばろう日本」というフレーズにすり替えて流通させてしまっている。
お魚も野菜も牛も、どうせ豚も鶏も、汚染されてしまっていて、第一次産業って言うんですか、そこらへんの産業は本来ズタズタなはずじゃないか。がんばろう日本、の旗印のもといろんな問題を無視して流通させてしまって、見かけの上では産業が以前と変わらず回っているが、ほんとはこれはナンセンスなんだ。

それなのに、原発が無かったら産業がどうこう言う人がいるのが残念だ。原発は効率的だという人がまだいて残念だ。

どうせがんばるなら、、農地や公園を除染するようにがんばりたいし、福島で帰れなくなってしまった地域の人をなんとかコミュニティーごと移住させる努力をしたいし、原発以外の発電をみんなで知恵をしぼって考えたいし、放射能に対する正しい知識をみんなで勉強したい。

実験台になってしまうのは、逃げられないからしょうがない、が、せっかくの僕たちの命、どうせなら正しい方向に燃やしたい。
外国人から見て、放射能入りの食品をがんばって(?)食べる日本人の姿はストレンジ過ぎるのではないだろうか。このストレンジさは、ハラキリ、カミカゼに通じるものを感じる。日本人が編み出した武士道というのは「死ぬ事とみつけたり」なのだろうか?
徳川光圀、水戸黄門は、死ぬべき時に死ぬのが武士だと言った、では今はどうなのだろうか、死ぬべき時なのだろうか?
僕は武士は恥を知ればいいのだと思う。つまりカッコイイとは何かを知ればいいのだと思う。視線を感じるかどうか。
人の目ばかり気にするのは日本人の悪いとこのようだが良いとこでもある。どうせそんなに気にするなら、世界の人の目ってのを気にすれば良い。そしたら昨今の日本の変な対応なんて恥ずかしくってできっこ無い。

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by unkeeen | 2011-08-24 04:50