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世の中には精霊さんがいると思う。
精霊さんの働きは!?

柏で活動する「クンクンニコニコ共和国」「メーラ」「ネーパールー」のドラマーである「ナム」くん
のおかげでいろいろな企画に出させてもらったりしてるんだけど、ナム君が「妖怪ミュージックレーベル作りましょう!」「僕いろいろ妖怪見つけてきますんで!営業しますんで!」と言われてすぐやると決めた。。
名前は「関東妖怪レコード」とかイロイロ言ってたんだけど、そういえば座敷童が出るってウワサの「小料理喫茶ワシントン」の矢口さんが作ったという「ワシントンレコード」からダスってのがいいんじゃないかと思った。

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by unkeeen | 2009-06-30 18:25

僕は隔月で「水戸士魂(シコン)の会」という水戸学を勉強する集いに通っています。
今日も勉強会の日でした。
元々「吉田塾」というやっぱり水戸学の勉強をする集まりがあるんだけど、それの弟分みたいな存在で、年輩の方が多い吉田塾より若い人が入りやすい会を、ということで結成された会なのです。
水戸学とはなにか?とか水戸の歴史だとかを基本に、博学の「成文先生」のハナシは脱線して現代の世界情勢からヒトラーの話まで飛びながら、最終的には若輩者の僕たちを「武士」にしてくれるそうだ。

今日は天狗党の歴史を勉強してきました。
ので、みんなにも少しおすそ分け。

天狗党とはつまり「世直し軍」みたいなものです。
藤田小四郎が尊王攘夷で檄文を飛ばし、挙兵すると筑波山に1,000名以上集結。
下妻あたりで幕府軍と戦い、日光に参拝、追い払われて、水戸に帰ってくると、
水戸はどうも雲行きが違う。どうやら逆賊扱いされてしまい、一緒に水戸城に入ろうとした、宍戸藩の殿様は切腹を命じられる始末。
これは何故かと言うと天狗党とは下級武士が中心となって結成されたもので、昔からの家柄の良い武士(諸生派)は天狗党の行動をケムタク思ってるんです。
偕楽園を作った徳川斉昭は藤田東湖以下天狗党の連中を重用したんだけど、それからして諸生派の連中からすれば面白くない。
将軍のお膝元であり御三家の水戸藩が、幕府に対して反旗を翻すなどもってのほか!というわけだ。
分かる気がするな。。。

  諸生派の連中はもとから、徳川斉昭が藩主になるのを望んでいなかった。
  徳川斉昭の兄が若くして亡くなった時、跡継ぎ問題でもめたがその時も、
  藤田東湖率いる改革派(天狗党)は徳川斉昭を推し、
  市村サンザエモン率いる諸生派は水戸藩が貧乏だったので、
  御三卿(ゴサンキョウ)の清水家から水戸の殿様としてお招きする方向だった。
  清水家から殿様を呼ぶと、莫大な持参金が一緒に付いてくるので、
  その持参金があれば借金だらけの水戸藩も
  きれいさっぱりになってしまうという目論見があったのだ。
  しかし、いきなり遺書が出てきて「後継者は斉昭」と書いてあったもんだから、
  水戸藩の殿様は徳川斉昭になった、という経緯がある。

話を元に戻します。
殿様でさえ切腹なんだから、寛大な御沙汰は望めそうにも無い、
こうなったら、徳川斉昭の息子、その時京都にいた一橋慶喜に直々に謁見しておゆるしを頂戴しにいこう、天狗党の擁護者であった斉昭の息子ならばハナシを分かってくれるはずだ!と
天狗党は一路西上し京都に向かうのであった。
もう冬になっているというのに、いくつかの合戦を経て、木曽の山道を超え、はるばる敦賀(福井県)まで行くと、
あろうことか、おゆるしを頂戴しにいったはずの、徳川慶喜軍が天狗党をやっつける総大将として
対峙しているではないですか!!
ここで、降伏するか、それとも長州まで行けばなんとかなるんじゃ?と意見が二分されたが結局降伏することになる。

最初天狗党は寺にかくまわれ、武士として丁重に扱われ帯刀も許されていたのだが、幕府から来た田沼印旛の守はヨーシャなくキビしか人で、全員を臭いクサいニシン蔵に閉じ込め、足かせまでつけ、飯も一日一個の握り飯にぬるま湯を与えるだけというひどい扱いをした。

進軍している間、木曽路では英雄扱いされた天狗党の無念さは想像するに余りある。
その後300人以上が首を斬られるというひどい結末を迎えてしまった。


で、二年後、明治維新を迎えても、維新の魁であった水戸の面々は全く新政府に登用されることもない。
それどころか、天狗党の生き残り達は、水戸に凱旋した時入城させてくれなかった諸生派の連中に復讐しようと躍起になってしまう。総大将だった武田耕雲斎の孫も乱に参加していたが、まだ10歳にもなっていなかったというので、逃がされた。それが大きくなって復讐の鬼となる。

水戸中の諸生派の家に潜り込み斬りまくったとのことだが、やり過ぎだろうと思うと、そんなことは無い、諸生派の連中は連中で、武田耕雲斎が死んだ時、その首を塩ずけにして妻のもとに送り、妻にその生首を抱かせながら首を斬り、2歳と3歳の子どもも一緒に斬ってしまっている。


こんなことをずっとやっているもんだから、世の中が文明開化だ明治維新だと浮かれている頃に、水戸は出遅れて、もううだうだになってしまう。仲間割れ。やだね。最悪。きらい。

今日は、もう最後の結末がロクでもなくて、なんか気持ち悪くなって帰って来たんだけど、
この気持ち悪さが残っている間にブログにしたためました。長くてすいません。

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by unkeeen | 2009-06-18 01:58

千波山スタジオもオープンして4ヶ月目です。
みなさんのおかげでなかなかのスタートがきれてると思います。
あぐらをかかず、もっともっといろいろなものを企んだりしかけたりしていこうと思います。

今年はデザインフェスにも参加させていただきます。今年はTシャツ。
千波山にはタヌキががおってさ〜♪という民謡があるじゃないですか。
あれは、「熊本どこさ?千波さ」と言うから多分水戸のこの千波山ではないんだと思うんだけど、勝手にあれはここらへんのハナシだと昔から思い込んでて、今回も熊本のことは忘れて、Tシャツに守り神としてたぬきの絵を描こうと思って、描いたんだけど、よくもなんにもなくて、妻タムエに「たぬき描いて」と頼んで描いてもらったら、すごい怪しくてかわいい!!と思ったのに、次の日の朝そのスケッチブックを見たら、グチャグチャにタヌの絵を消しちゃってあるのね。
どうしたのか聞くと、気に入らないから消した、ってもったいないなあ。かわいいのに。
と思って、パソコンができる知り合いがそのグチャグチャの線の下にあるタヌキを発掘作業のように蘇らせてくれて、こっそりとデータにしちゃいました。
一回死んだかに思われたタヌの蘇るストーリー。これでTシャツも大丈夫だ。

そういえば僕は小学校のときはあだ名が、たぬきとかポンタだったなあ、と最近思い出して、
それじゃ、またもや熊本のことは忘れて、千波山のタヌキってのはもしかして僕のことなんじゃないかと、民謡に見せかけた予言なんじゃないか、と思ったのだけど、よくよく考えてみると都合の悪いことに、あの予言のウタのその後は
千波山にはタヌキがおってさ
それを猟師が煮てさ、焼いてさ、喰ってさ
と続くので、それじゃ僕は猟師に、煮て焼かれて喰われることになってしまうので、やっぱりそのタヌキが僕だという設定はヤメることにしたのであった。
                          



追記:::たぬきと言えば、スタジオによく遊びにきてくれる、おぬき(オヌリン、スタジオが綺麗になっているのはオヌリンのおかげなのです)さんが、帰り道となりの空き屋にたぬきが走ってるのを目撃したとのこと。いるんだな近くに。たぬたぬ。

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by unkeeen | 2009-06-17 00:57

土曜日は鉾田市(旧大洋村)にある、海の家『ナルー』で、ファイヤーパフォーマンスグループ『Mela(メーラ)』の一周年アニバーサリーイベントにドドイッツも呼ばれたので出演してきました。すっごい楽しかったー。楽しすぎて風邪ひいた。
最後は儀式みたいになってたな。良いイベントでした。

海が真ん前に見えて、雰囲気もスゴい良いとこで、入った瞬間に外国に来たみたいな感じ。
ライブが中庭テラスみたいなとこでできる。しっかりステージまである!!
犬がいたり、いのしし(豚?)がいたり。この豚ちゃんが、素敵な匂いを発している。
最近「へうげもの」という漫画が面白くてハマってるんだけど、この豚ちゃんの匂いに最初やられるってのもなかなか「へうげてて」いいんじゃないかって気がするな。

平日行ってもサーファーやら太鼓叩きが集まって集まってきたり、ギター弾いたり店内のエレクトーンを弾いても許されちゃう感じ。こういう店が大洗とか、阿字ケ浦辺りに会ったらなー、と思っちゃうな。

出てくる食事も安いのに美味しいのです。私はロコモコとココナッツカレーを食べました。
チャイも飲んだ。美味しかった。

場所は51号をずーーっと南下して行くと左側にピンクの看板「ココストア」があるので、それを通り過ぎて間もなく、左に曲がるのです。曲がるとこに看板もあるのですが、左折するのに看板は右側にあるので注意が必要。
左に曲がったらそのまま道なりに坂を下ると海にぶつかるので、そしたら右にちょいと行くと、ナルーがあります。

いい店を見つけたんで、ついついドライブというと笠間の方に行くことが多かったので、これからは鉾田方面にも足をノバそっと。
鉾田はおいしい店もたくさんあるらしい。ホルモン焼きでスゴいとこがあるらしい。ディギン。

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by unkeeen | 2009-06-15 20:27

昨日、スタジオにテッチ(小学校からの同級生)のバンドが入ったんだけど、
そのメンバーの人が、鉾田出身というので、僕のオヤジも鉾田だよ、徳宿ってとこですなんてハナシをしたら、どこに住んでる田山ですか?とかなり詳しいので、なにかな?と思ったら歴史調査員みたいなことをお爺さんの代からやっている人だった。

徳宿城主だった田山って家があったけど、佐竹氏に攻め込まれて殺されてしまった話、でその時に大場氏が裏切った、とか釜谷氏が助太刀して佐竹氏を追い払った話など、初耳の話ばっかりで興奮した。

その人は若干27歳にして60とかのじいさん達と歴史研究を日々やっていて、じいさんにこの青二才が!などと怒られながら、日々精進しているわけですが、彼の「鉾田のトメゴロウ伝説」の調査記録がかなり面白かったです。

昔から鉾田は火事が多い地域だそうで、それはトメゴロウのせいだと地元の人に伝えられている。しかしその伝説のルーツがなんだかは分からず、トメゴロウという名前だけが残っているらしいのだが、今回その田中くん(歴史マニア)がそこを深く追求していったハナシを詳しく聞いたが、
もう歴史ミステリーでドキドキ。
ココに書いてもいいけど、田中君に聞いた方が面白いな。
八つ墓村ばりのホラーな話です。
地獄って谷が、鉾田にはあるらしく、その谷の下あるトメゴロウの母の墓を調べにいったハナシ
はかなりドキドキした。自分の仮説と歴史事実があっていく瞬間はすっごい興奮。
ダビンチコードとかより知っている土地だけに、深みが違うなー。ホントにダビンチコード分かるようになるには聖書とか読まなくちゃダメだろうからな。

田中君の凄いとこは、地元の鉾田だけじゃなくて、茨城県全域の歴史を研究しているらしく、ほとんどの史跡にちゃんと足を運んでいるところだ。叩けばどんどん話が出てくるんです。
田中君はこれから民俗史とかも調べていきたいってハナシだったんで、僕も昨日ブログに書いた
天狗のハナシやら何やら、茨城各地の民間伝承などを知りたいと思っていたところなので、今年の夏は田中君と史跡&信仰スポット探求の道だな。

いやあ、おもしろいなあ。ちょっと伝えきれないや。

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by unkeeen | 2009-06-07 13:49

水木しげるの『神秘家列伝』は僕の愛読書なのだが、
4巻に出てくる『高山寅吉』をご紹介。

『高山寅吉』は江戸に住む少年だったのだが、ある日『杉山僧正』と名乗るじいさんに
「お前は天狗になる見込みがある」と誘われて、天狗修行をしたのだそうだ。
そのウワサに興味を持った有名な国学者『平田篤胤』が、その少年に
天狗の持っている大きな葉っぱは何に使うのか?(飛ぶ時の舵の役割をするらしい)
など、あれこれ質問したハナシを本にまとめて出版したんだという。

その天狗の修行をした場所がなんと、岩間の愛宕山なのだそうだ。
杉山僧正は寅吉君を「スジがあるネ」と見込んで、岩間まで空を飛んできたそうな。

で気になってネットで検索したら、もっと驚いたことが。
愛宕神社は天狗が出るのはもちろんのこと、
『悪態祭り』という『日本三大奇祭』に数えられる祭りがあるそうな。
知らなかった、、、!
なんでも、出てくる神主達に「このやろう!」とかさんざん罵倒した挙げ句、
お供え物などをぶんどってくるという祭りらしい。(なんという奇祭!)

どうやら、笠間だとか岩間だとか山の方には、常識なんぞねじ曲げちまう変わった磁場があるようだ。『アイデコ・シンヤ』は『カサマ、サカサマ』と歌ったが、まさにそんな感じだナ。

それにしても悪態祭り、、、参加したいなー。

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by unkeeen | 2009-06-06 16:28

前回書いた、謎のオペラ歌手のハナシの続き。

ボノボも終わりになり、宮司のあいさつも終了したところ、オペラ歌手がマイクを
奪って最後のスピーチをしたという。
(本来、宮司の挨拶の後は何も出来ないはずなのだ。一昨年の夏、挨拶の後演奏した人がいたんだけど、まじでキレた。今回は引力具合でオペラばばあの勝ち!)

そのオペラ歌手が言うことには、
この護国神社がある桜山と偕楽園は、あの有名な安倍晴明が、ここらの気の流れを調べて一番気の流れがいいところに結界を張ったところなのだという。
そのスポットをしっかりとのこしてみんなに開放しているのは、水戸藩の偉大な業績です!
と熱弁していたらしい。

うむむ、たしかにあそこらへんってすっごい気持ちいい場所だからな。
そんなハナシ聞いたことナイけど、でもなかなかナイスなウワサだな、と思い。
今度水戸学の先生にお話伺ってみよう。

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by unkeeen | 2009-06-06 12:27

今年の花見でボノボ。
僕は風邪で参加全く出来なかったんだけど、スリーデイズ全てに出演したという
謎のオペラ歌手。全くの謎である。

イベント前日、点滴に行く前、ちょっと神社に様子を見に行くと、宮司が、
「うんけん!明日から三日間、オペラ歌手の人が出るからな!」
と言われ、まさかダンスの日は関係ないでしょう、と言っても
やはり、聞かず。

僕は全く見れなかったけど、みんな、次の日とかにボノボの話をしてくれて、まず「オペラ歌手が凄かった」とみんな言う。
バッキーさんとスガダイローさんのバンドもカッコ良かったって言うけど、みんなまず「ニューヨーク帰り」のオペラ歌手のハナシをする。凄い反響だ。

みんなのハナシを聞くと、歌の方はお世辞にも上手いと言えたものではないらしく、
というか、「素人?」と思わせるようなものだったらしい。
しかしみんな、凄かった凄かった、と言うので、
もしかしてその女性オペラ歌手は巻き込み型の「ギリギリの綱渡り(!)」を表現するモノホンなんじゃないかと、勘ぐった。ピラミッドでもやったらしい。伊勢神宮でも。コンサート。
なんなんだろう。確実に余韻は残してるな。

友達に言うことにゃ、そのオペラ歌手は
「今年の秋は神社で、宇宙一のピアノ、宇宙一のハープ、宇宙一のディジュリドゥーを集めて、コンサートをやるのよ」
といっていたらしい。僕はそのなんでも「宇宙一」って言うの、
「いいなあ」と思って、これから度々使わせていただきます。

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by unkeeen | 2009-06-02 23:45